会津のこころ <優しく 烈しく 美しく>

直木賞作家の歴史エッセイ 義・情・誇り。心を失った現代日本人への警鐘!!
価格:¥1,680-
ISBN:978-4-8174-0673-6
商品コード:kn-0006
目 次
序 章 保科正之に始まる会津のこころ
日本の天道は是か非か
会津藩への恩義から成立した奥羽越列藩同盟
戊辰戦争の戦死者が欧米の市民革命より少なかった理由
第一章 保科正之から受け継がれたこころ
将軍家光の「託孤の遺命」を守り抜いた保科正之
正之の功績が徳川の平和を築き上げた
・「三大美事」
・「玉川上水開削の建議」
・「明暦の大火後の江戸復興計画の立案と、その迅速な実行」
正之の意思を残すため「会津藩家訓」を制定
会津藩中興の祖田中玄宰による寛政の改革
保科正之のこころに帰れ
玄宰の改革が会津地方の地場産業にも貢献
会津藩は国防から京の治安まで守りぬいた
第二章 会津武士の血脈とこころ
甲州武田家が会津藩士のルーツ
「天下に三人の名家老」と称賛された田中正玄
徳川家に組み込まれた武田家の軍法
保科正之は武田信玄の娘に養育された
戊辰戦争において甲州を巡って戦った武将の名前
正之が加賀藩主の後見人に乞われた理由
正之のこころを受け継いだ加賀藩主前田綱紀
正之は綱紀にとって人生の師だった
第三章 保科正之以前の会津のこころ
東歌に詠まれた防人と恋人の和歌
津盆地で洗練された文化と宗教
会津の基礎を築いた蒲生氏郷のこころ
怪談にも会津文化がただよう
保科・松平家以前の会津
第四章 会津の最下級の侍たちのこころ意気
会津の徒の町には下級武士や卒が住んでいた
『徒町百首俗解』に描かれた徒町弥太之進
貧しくも明るく、たくましく
赤塗りの会津漆器を炭火に見たてて たくましい食生活
彼岸獅子は最大の娯楽だった
地場産業によって生まれた内職
弥太たちの収入と生活ぶり
弥太たちの異性への興味
会津観を一変させるような下級武士の明るさ
第五章 会津藩士の戊辰の絶唱
野村左兵衛
輪形月
野矢常方
佐川官兵衛
神保修理・雪子
秋月悌次郎
永岡久茂
安部井政治
山川浩
町野武馬
第六章 会津女性の絶唱
中野竹子 「母上、介錯を──」
山本八重
籠城女性の絶唱
西郷頼母の一族
容保も手を焼いた頼母
頼母には刺客さえ放たれた
明治維新以後、流転の人生 二十年ぶりに鶴ヶ城と自邸跡を訪れて
照姫
照姫は容保の許婚者として会津松平家の養女に
「わたくしの少将さま」
照姫の「逢いて逢わざる恋」
第七章 比較対照・長州のこころ
尊王攘夷の志士が好んだ端唄や都々逸
勤王芸者の作曲した軍歌に尻を叩かれた新政府軍
第八章 人の命を慈しむ会津のこころ
瓜生岩
井深登世
山川捨松と山本八重
井深八重
第九章 会津のこころのシンボル─白虎隊広場造営と鶴ヶ城再建
遠藤敬止
飯盛山
ドイツ碑とローマ碑
横山武
あとがき
[著者略歴] 中村 彰彦(なかむら・あきひこ)
1949年、栃木県生まれ。東北大学文学部卒業後、出版社勤務を経て執筆活動に入る。87年に『明治新選組』で第十回エンタテインメント小説大賞、93年に『五左衛門坂の敵討』で第一回中山義秀文学賞、94年に『二つの山河』で第百十一回直木賞、2005年に『落花は枝に還らずとも』で第二十四回新田次郎文学賞を受賞した。『遊撃隊始末』『保科正之』『名君の碑』『白虎隊』『新選組秘帖』『知恵伊豆に聞け』『会津武士道』『われに千里の思いあり』など、江戸時代から明治期にかけて題材をとった小説・評伝・歴史エッセイの著書が多い。丹念な資料の読み込み、いずれにも偏しない歴史観に基づく作品群に高い信頼が寄せられている。

